久しぶりに、たわいないつれづれ話を書きます。

私の母は、おかげさまで長寿で、田舎で元気に暮らしている。
まもなく数えで100歳になるのではと思っている。

母の歳を数えるのに、以前は、こんな面倒なことをしていた。
母は、昭和2年の生まれということだけ、しっかり覚えている。私が、昭和32年生まれで西暦だと1957年生まれ、昭和西暦の変換は、昭和+25=西暦下2けた。昭和2年は1927年生まれになるから、今年は(たとえば)2022年だから2022から1927ひくと、、、、えーん、わかんにゃい、みたいなことになっていた。

あるとき、ひらめいた。「あ、ぼくって母親が30歳のときにできた子供だから、ぼくの歳に30足せばいいんだー。すごい、ぼくってかしこい」と思った。

しかし、私のつれあいなどは、昔話をしていると、長男がおなかにいたときだからとか、子供の年齢を基準にそのとき長男が小学校に入った時だから〇〇年ね、とか話をする。
長男は、わたしが〇〇歳のときに産んだ子だから、それはいついつのときね、という言い方もする。

これは男と女の違いなのか、私だけ変なのかわからないけど、「きみの長男はきみが何歳のときの子なの?」と聞かれても、「さぁ。結婚した年もあまり覚えていないけど、結婚して2年めか3年めで生まれたような気がするので、ぼくはたぶん〇〇歳かな」という感じ。

「ぼくって母親が30歳のときにできた子供だから、ぼくの歳に30足せばいいんだー。」とのアイデアも、最近、役に立たなくなってきている。
「ぼくの歳」があいまいになってきたからだ。何歳って聞かれると、68か69かその辺。70にはなっていない。というぐらい。

元号がかわるから計算もしにくくなった。昭和から平成にうつり、平成から令和に代わって、2代またぐと計算ができない。
かといって西暦だと簡単かというと、少しはいいが、これも、2026引く1957は、繰り下がりが2回あってそれなりにめんどくさい。

日本では、神武天皇即位の年とされる西暦紀元前660年を元年と定めて皇紀何年という言い方もあるけど、これだとどうか。
私の生まれた1957年は、皇紀2617年となり、今年は皇紀2686年だから2686引く2617は、69。繰り下がりが減って、少し引き算は楽になるけど、今年が2686年だということが覚えられない。

結局、年齢はあまり気にしないのが、めんどくさくなくてよい、ということにしてしまうことに。

写真 私の卒業した小学校の講堂には、皇紀の年号で作られた年が表示されている。(文部科学省のサイトから拝借)